Memories of summer


(乾×海 編 side 乾)





八回目・・・・これでもう八回目だ。

海堂の奴は自分が溜息をついているのに気付いていないのか・・?

重症だな。

河原についてトルネードスネイクを更に進化させる為に、川の中に足を入れて練習し始めた海堂は黙々とこなしながら、時折溜息をつく。

その姿にいつ止めようか・・・?と思いながらも、俺は躊躇していた。

海堂の溜息の原因が・・・きっと間違いなく俺だからだ。

もしその現実を突きつければ、一緒に練習をするのを止めると言い出すかもしれない。

そういう危うさが今の海堂にはあった。


だが・・・もう・・・


俺は腕時計に目を落とした。


菊丸もそろそろ大石の元へ行く頃か・・・


俺は公園で見かけた菊丸を思い出した。


一通り練習が終わってからと思っていたが・・・・俺も動くか・・・



「海堂!」



河川敷から立ち上がって手招きをする。

海堂はその仕草を見て、川から上がってきた。



「何っスか?」



まだ終わる時間じゃない・・・

溜息をつき集中力もかなり落ちていた筈だが、その事には気づいたのか海堂は不満気な顔を向けた。



「今日はこれで終わりだ」

「えっ・・・どうして?」



海堂は不満気な顔から不安な顔へと変える。


どう説明するか・・・・

練習に集中出来ていないから・・・と言ってしまえば今後一緒に練習する時に支障を起こすかも知れないし・・・

家に来てくれとストレートに誘っても・・・承諾する可能性は低い。

だが仲直りをする為にも見せたいものがある・・

その為には家まで来て貰わなければならないのだが・・・・


俺は少し間おいて答えた。



「ついて来て貰いたい所があるんだ・・・海堂」

「何処っスか?」



海堂が眉間にシワをよせた。


やはり・・・警戒しているな・・・

しかし・・・悪いが一緒に来てもらう。



「何処かは言えない。だがお前に見せたい物があるんだ」

「俺に・・・・?」



海堂が体全体で反応した。


卑怯な言い方だよな・・・

場所が気になっても『お前に見せたい物』と言われて、海堂が断れないのを俺はわかっていた。

わかっていて使った。


海堂・・・それでも俺はどうしてもお前について来て貰いたいんだよ。


海堂は何も答えないまま鞄からタオルを出すと足を拭き始めた。

俺はじっとその姿を眺めていた。

その行動が答えだからだ。

拭き終わって鞄を肩にかけたのを見計らって声をかけた。



「すまないな・・・じゃあ行こうか」



海堂は黙って頷いた。



きっと帰る方向で俺の家に行く事に気付くだろう。

気付いた時に海堂が逃げなきゃいいが・・・


俺は横に並ぶ海堂を盗み見た。

海堂はまっすぐ前を見つめていた。

真っ直ぐ揺らぐ事なく、ただ前だけを見つめていた。



なるほど・・・・・

そうか・・・・わかった上で・・・ついて来てくれるのだな・・・
















あの日海堂が帰ってしまった後、俺は抜け殻の様になっていた。


何故だ?

何故帰った・・・・海堂?


キッチンでコップを棚から出している時に、階段を人が下りて来る気配がして顔を覗かすと海堂が足早に降りて来た。

驚いて玄関まで行くと、海堂は急いで靴を履き頭を下げて出て行った。

何が何だかわからなかった。


部屋を出るまでの海堂は緊張はしているようだったが・・・・

俺の家まで来てくれたという事は了承の上だと思っていたのに・・・違ったのか?

まだ俺とはそういう関係に成れない・・・という事なのか・・・

海堂・・・


そう思うと追いかける事も出来ずに、ふらふらと自分の部屋へと戻った。

パタンとドアを閉めると、ドサッとベッドに腰を下ろす。



俺は急ぎすぎたのかな・・・・?

自分の中では十分に待ったつもりだったが、海堂は早いと感じたのかも知れない・・・

いや・・・それ以前に・・・男同士での関係を拒絶したのかも・・・



俺は頭を抱えた。

後悔してもしきれない。

こんな事なら誘うんじゃなかった。


海堂・・・俺はな、お前が側にいてくれさえすれば他には何もいらないんだ。

お前がやりたくないと言えば、一生やらなくてもいい。

だが・・俺の側を離れる事だけはしないでくれ・・・


明日からの海堂との関係を思うと縋るような思いが溢れてくる。


海堂・・・






足元だけを見つめて、どれぐらい経ったのか・・・・俺はある事に気付いた。


ん・・・?

部屋が・・・床に散らばっていたノートが片付いている?


普段集中しだすと、あちこちでノートを広げてはデータを作る。

海堂を部屋に入れた時も、しまったな・・・と思ったぐらいだ。

俺は部屋の中を見回して、本棚の前に積まれたノートを見つけた。


そうか・・・適当にその辺りの物を退かせておいてくれと言ったのを実行してくれていたんだな。


ぼんやりと山積にされたノートを見た。



海堂・・・お前はどんな思いでノートを片付けたんだ?

この時はまだ・・帰るつもりはなかったんだよな?

帰るつもりは・・・・・・・・・とうい事は・・・・・・・何かあったのか?



俺はようやく冷静になり始めた。

よく考えると律儀なアイツが何も言わずに帰るなんて、それ自体が珍しい。

男同士の関係を拒絶した・・・というのもあるのかも知れないが・・・

それ以外にも何かあったのではないか・・・?


俺はもう一度注意深く部屋の中を見回した。

海堂が黙って帰りたくなる様な原因を探す。


いつも過ごす部屋・・・何処を見ても特に変わりは無い気はするが・・・・


俺はまた山積みされたノートを見た。


ノートが関係しているのだろうか?

この本棚の中には海堂のデータノートもある。

それを見たのか?

それで俺の事が嫌になったのか?



俺は本棚に近づいた。



あっ・・・・・!?


俺はやっと山積にされたデータノート以外の部屋の変化に気付いた。


これを見たのか・・・・海堂・・・


俺は蓮二と一緒に写ったフォトフレームを手に取った。

よほど動揺したのか・・・・それともイラついたのか・・・・

本来飾ってあった場所とは位置が違っていた。



ハァ・・・・

俺は大きく溜息をついて、椅子に座った。

長年同じ場所に飾り続けたフォトフレームは部屋の一部として同化し、意識するなどという事がなくなっていた。


アイツは俺と蓮二が付き合っていたと思い込んでいるみたいだしな・・・

こんな写真を飾っているのを見れば、いい気はしないだろう。

海堂が帰る訳だ・・・・配慮が足りなかった・・・



しかし・・・これは・・・盲点だったな・・・・

蓮二・・・

俺は写真に写るかつて好きで好きでたまらなかった人物を指で撫ぜた。

すまないが・・・今日限りこの写真を飾るのをやめるよ。

お前と過ごした日々は俺にとってかけがえのないものだったが・・・

今はそれ以上に手放せない、かけがえのないものが出来たんだ。
















そう・・・かけがえのない人


俺は逃げずについて来てくれた海堂を見た。



「さぁどうぞ」



まるで数日前のデジャブのように海堂を家に招き入れる。

不思議な感じだな・・・



「お・・・お邪魔します・・・」



海堂の返事の仕方もあの日と同じだったのが更にデジャブの様で、俺は思わず笑ってしまった。

海堂が俺を睨む。



「何笑ってんスか?」

「いや・・・・何も・・・」



確かに・・・今はこんな状態なのに・・・・不謹慎だよな・・・


俺は口元を押さえて否定したが、海堂は気に入らなかったのか、チッと舌打ちをして横を向いてしまった。


参ったな・・・こんな所で機嫌を悪くして貰っては困るのに・・・


俺は海堂の腕を取った。


少し強引だが・・・・



「こっちだ。来てくれ」



自分の部屋まで海堂を引っ張って行った。

海堂は思いのほか大人しくついて来てくれたが、部屋のドアを開けて引き入れようとした時にその足が止まった。



「どうした?」

「いや・・・その・・・」

「入って貰わなければ、見せる事ができないんだが・・・」



意地が悪いとは思うが・・・入って貰わなきゃ意味がない。

見せたいものは俺の部屋にあるのだから。

辛抱強く海堂の返事を待つと、観念したのか



「・・・・そうっスよね・・・」



ポツリと呟いて部屋へと足を踏み入れた。


よし・・これで海堂が俺の部屋の変化に気付いてくれたなら・・・


と思っていたが・・・部屋に入った海堂は頑なに本棚を見ようとしない。

俺の見せたい物は本棚にあるのに、ずっと背中を向けている。

足を踏み入れた時に自然に気付いてくれて、その流れで仲直りに持っていこうと思っていた俺は少し焦り始めていた。


それだけあの写真を意識して見たくないという事か・・・・


お見合いの様に向かい合わせに座り、無言なまま時間だけが過ぎる。



「ところで見せたいものって何なんっスか?」



暫くして海堂がとうとう痺れをきらしたのか上目遣いに聞いてきた。



「いや〜その・・・なんだ・・・」



お前の後ろに・・・と、喉までは来ているのだが、俺は上手く言葉が出ない。


あれをどう説明すればいいのか・・・・


きっかけが掴めないまま、また無言の時間だけが過ぎた。

それを何度か繰り返すと、海堂が立ち上がった。



「先輩・・・無いのなら、今日は帰ります」



鞄に手をかけた海堂に、流石に俺も戸惑っている場合じゃないと急いでその手を制止した。



「ちょっと待ってくれ海堂。見せたい物はお前の後ろに・・・」

「後ろ?」



海堂の動きが止まる。



「そうだ。本棚を見てくれないかな?」



本棚という言葉に海堂が体全体で反応した。



「それ・・・見なきゃいけないっスか?」

「見なきゃわからないだろ?」



海堂は見なくても知っている・・・というような目を俺に向ける。

睨んでいるのに、辛そうな目だ。


それだけ傷つけたんだな・・・だが・・・



「海堂」



俺は促すように声をかけた。

見てもらわなきゃ始まらない。


お前に見せたい物・・・俺達の写真


海堂は一旦目を逸らすと、何かを決意したように本棚へと顔を向けた。

そのまま固まったように本棚を見ている。



「気付いたか?」



真っ直ぐ一点だけ見つめて立つ海堂の横に俺も並んだ。



「あんた・・・馬鹿じゃないっスか?こんなの飾って・・・」



海堂が横目で俺を睨む。



「馬鹿とは酷いな・・・いい写真だろ?」

「前のはどうしたんっスか?」

「捨てた・・・って言ったら信じるか?」

「・・・・・信じねぇ」



海堂の口元が和らいだ。



「海堂。あの写真の事は悪かった・・・配慮が足りなかったと反省している。

 だが・・その・・信じて貰えないかも知れないが・・・

 意識をして飾っていた訳じゃないんだ・・・思い出というか・・・

 いや・・それでも・・・いつまでも飾って置くべきではなかったな・・・すまなかった」



俺は海堂の目を見つめた。

海堂は複雑な顔をして言葉を濁す。



「そんな・・・許すとか・・・俺は別に写真の事なんて・・・・」

「気にしたんだろ?だからこないだ帰ったんだよな?それとも他に理由があるのか・・・?」

「それは・・・その・・・・」



ホントはわかっている。

帰ったきっかけは蓮二との写真だが・・・本音は怖かったんだよな。

俺達は男同士だ・・・不安がないなんて言ったら嘘になる。

だがな・・・それ以上に俺は・・・お前を・・・



「海堂。実は今日も誰もいないんだ」

「はっ・・・?」

「俺の言っている意味はわかるよな?嫌なら嫌でいいんだ。

お前が嫌といえば俺は何もしない。

だからこないだの様に、逃げるように帰るなんて事はしないでくれ」

「・・・・・・」



海堂は赤い顔をして俯く。



「海堂・・・?」

「あんたは卑怯だ。全部わかってて言ってんだろ?」



全部・・か・・・そんな事はない。

どんなにデータを集めても、お前の事はいつも不安だよ海堂。

どうすればお前がずっと側に居てくれるのか・・・計算しても答えは出ない。

出ないんだが・・・



そうやって耳まで赤くしているお前を見ていると・・・

少しだけ自惚れてもいいのかな?という気になるんだ。



「薫」

「!!!!」



海堂が驚いて顔を上げる。



「好きだよ」

「・・・やっぱあんた・・・わかってて言ってんだろ?」



恨めしそうに真っ赤な顔をした海堂が俺を睨む。

俺はそっと海堂を抱きしめた。



「いいかな?」

「・・・・答えなくてもわかってるんだろ?」

「答えて欲しいんだけど?」

「なっ・・・・・」



海堂は言葉を詰まらせた後に呟くように言った。



「・・・・いいに・・・決まってんじゃねぇか・・・」



その言葉に俺はようやく心から安堵した。




やっと・・・捕まえた。





                                                                          END





最後まで読んで下さってありがとうございます。


何だか・・・書けば書くほど長くなって、サクッと終わるはずが・・・なかなか終わらず・・・

待って頂いていた方がいれば、すみません。お待たせしました。

兎に角これで3年R陣カップルの夏休みを書き終えた訳ですが・・・

平たくそれぞれの話を説明すると、夏休みにいい思い出が出来て良かったね。というお話です。

是非お暇な時にでも読み比べて下さい。

2008.10.3